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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)2092号 判決

原告 田中繁美 (旧姓磯野)

右訴訟代理人弁護士 竹内竹久

被告 大協建設株式会社

右代表者代表取締役 山本石雄

被告 大協工業株式会社

右代表者代表取締役 山本松雄

右被告ら訴訟代理人弁護士 渡辺明

主文

一  原告に対し被告らは、連帯して金一〇八、三五〇円、被告大協工業株式会社は金一六、〇〇〇円およびこれらに対する昭和四六年五月六日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、連帯して金二、八五八、三五〇円およびこれに対する昭和四六年五月六日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (土地の利用関係、地域性と被告らの建物建築)

(一) 昭和四三年六月頃、原告は埼玉県狭山市上広瀬字上野原一、三〇四番地ノ一〇所在の宅地一〇〇坪(以下「原告土地」という。)を買求め、同年九月、同地上に居宅を建築し居住するようになったが、原告土地付近は、閑静な住宅地として原告が老後の安穏な生活を送るのには申し分のない環境であった。

(二) 被告らは昭和四五年五月末頃、原告土地の東側に隣接する被告大協工業株式会社所有の宅地一〇〇坪(以下「被告土地」という。)上に、共同で、建坪六〇坪余り、高さ約一〇メートルの倉庫(以下「本件倉庫」という。)の建築工事に着手し、工事の大半が完了した同年六月頃よりその使用を開始したが、本件倉庫の建築および使用は違法であった。すなわち、被告らは建築確認がなされる以前に、建築に着手したのみならず、建築工事の大半を完成した時期になって倉庫として建築確認がなされた本件倉庫の実態は、動力線を配置し、相当の機械類を設置し、工場としての機能も有し、被告らはこれを軽量鉄骨の製造を行うため使用している。

(三) 本件倉庫は被告大協工業株式会社の所有とされている。

2  (建築工事および倉庫使用に伴う損害)

(一) 被告らは本件倉庫建築工事に着手した昭和四五年五月末頃より同年一一月までの間、殆んど毎日、午前八時頃より午後五時頃まで連続的に鉄材切断および研磨機を動かし、歯科医が歯を削る音にも似た神経を刺激する金属的騒音を発生させ、あるいは鉄材取扱の乱暴さのためか時折突如として爆弾の破裂するような異常音を発生させ、耳鳴り、神経性胃痛など原告の健康に著しい影響を与えた。これにより原告が蒙った精神的苦痛に対する慰藉料は金六〇万円を相当とする。

(二) 被告らは工事に際しては、危険物落下防止のための防護用天幕を設けなければならない義務があるのに、これを怠ったため、

(1) 昭和四五年七月一六日頃、作業中の金槌が原告宅の庭に落下し、原告の飼犬(ラブラドル種)に当り、妊娠中の同犬を流産させた。これにより原告が蒙った財産的損害は金一〇万円を相当とする。

(2) 電気熔接の火花が原告宅へ降り注ぎ、原被告土地の境界線近くにあった原告の物置小屋および犬小屋が、引火の危険に晒されたため、原告は、やむを得ず右両小屋を取毀し、新しく安全な場所に造り替えざるを得なかった。これにより原告が蒙った財産的損害は、物置小屋の分として金一〇八、三五〇円(内訳は、基礎土台金一五、三五〇円、骨組等金一七、一〇〇円、屋根等金一五、四〇〇円、内外装関係金一五、四〇〇円、扉等金四、一〇〇円、工賃等金四一、〇〇〇円)、犬小屋の分として物置小屋に準じ金一〇〇、〇〇〇円をそれぞれ相当とする。

3  (本件倉庫の存在による生活侵害)

(一) 生活侵害に伴う損害

本件倉庫のため、(イ)原告土地は、四季を通じて午前中全く日照を奪われ、通風も遮断された。また、(ロ)本件倉庫は軒先を原告土地との境界線一杯に出しているため、少しの降雨でも雨水が原告土地に注瀉することとなり、(ハ)加うるに、外階段が、原告の居宅側の境界線に接着して設置され、目隠しがないため、原告宅の台所、浴場は観望されるがままである。(ニ)更に原告は本件倉庫の煙突、クーラーによる煙、騒音、および門灯に集まる虫の害等に悩まされている。

これらの生活侵害は、社会生活一般の受認限度を越えるものであり、これにより原告の蒙った苦痛に対する慰藉料は金三〇〇、〇〇〇円を相当とする。

(二) 生活侵害を避けるための住居移転に伴う損害

原告は被告らと度々交渉したが、生活侵害は改善されなかった。そのため原告は、原告土地で生活することに耐えられず、岩手県方面へ移転せざるを得なくなった。

これにより原告の蒙った損害は、金一、三五〇、〇〇〇円(内訳は土地の減価分金六〇〇、〇〇〇円、売買仲介手数料金三〇〇、〇〇〇円、移転費用金二五〇、〇〇〇円、代替地斡旋料金二〇〇、〇〇〇円)を相当とする。

4  本訴提起後、被告らは、従前は本件倉庫の東側に置かれていた材木を、故意に原、被告土地の境界線附近へ移動し、立てかけ、通風を妨げ、原告宅の玄関先、裏木戸、その他原告の居宅に関連する場所で故意に鉄粉や塵埃を掃き捨て、原告土地の脇、時には原告宅玄関先に車を駐車させ数日間も放置しておくなど、原告の日常生活に差支える程の生活侵害を与えた。これにより原告が蒙った苦痛に対する慰藉料は金三〇〇、〇〇〇円を相当とする。

5  よって原告は被告らに対し、連帯して金二八五八、三五〇円およびこれに対する履行期の後である昭和四六年五月六日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)の事実は不知。

2  同1の(二)の事実のうち本件倉庫の建築および使用が違法であったという点は否認し、その余(被告土地の所有関係を除く。)は認める。

同1の(三)の事実は認める。

3  その余の請求原因事実はすべて争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  被告らが、昭和四五年五月末頃、埼玉県狭山市上広瀬字上野原一、三〇四番地ノ一〇の原告土地の東側に隣接する被告土地(なんびとの所有であるかは措く。)上に、共同で、建坪六〇坪余り、高さ約一〇メートルの倉庫の建築工事に着手し、工事の大半が完了した同年六月頃よりその使用を開始した事実、本件倉庫が被告大協工業株式会社の所有とされていることは当事者間に争いがない。

二  ≪証拠省略≫を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  原告は、被告らが被告倉庫の建築に着手する約二年以前である昭和四三年六月頃、原告土地を買求め、同年九月、同地上に居宅(以下「原告居宅」という。)を建築し居住するようになったが、原告土地附近は閑静な住宅地として原告が老後の安穏な生活を送るのには申し分のない環境であった。

原告居宅の間取りおよび原告土地上における位置関係はおおむね別紙図面のとおりであった。原告は同所に「家庭学習の指導と相談」という看板を掲げ、教育診断の業に携ってきた。

2  然るに、被告らは、昭和四五年五月末頃、本件倉庫の建築確認申請がなされるに先立つ約三週間前から、建築工事を開始したのみならず、倉庫という建築確認された用法に違反し、同年六月頃から建築用軽量鉄骨の切断、研磨、熔接等の作業をする工場として使用していた。

3  原告土地と本件倉庫の相互の位置関係は、本件倉庫本体は原告土地東側境界線から若干距離を置いて建築されているが、西側に付設したさしかけ部分の原告側にある支柱は右境界線上にある原告方の塀とほとんど密着しているという関係にあるが、被告らは、昭和四五年五月末頃より同年一一月までの間は殆んど毎日、一回の時間は短いときは二、三十分、長いときは数時間(三、四時間以下)に亘って鉄骨研磨音とおもわれる、歯科治療の音に似た金属騒音を発生させ、時折その原因は定かでないが、瞬間的な爆音様の衝撃音を発生させ、この騒音により、原告は困惑、驚愕を感じた。

4  被告らは、本件倉庫建築工事に際しては、危険物落下防止のための防護用天幕を設けなければならないのにこれを怠ったため、電気熔接の火花が原告宅へ降り注ぎ、原、被告土地の境界線近くにあった原告の物置小屋が引火の危険に晒されたため、原告はやむを得ず、右小屋を取り毀し、新しく安全な場所に造り替えざるを得なかった。(犬小屋移転の点は証拠がない。)

5  本件倉庫の西側原告居宅寄りに設置された外階段から原告土地東側境界線までの距離は、明らかに一メートルに満たず、原告居宅の台所、風呂場は真正面から見下される位置関係にあった。しかるに、被告らは、昭和四六年一〇月頃まで外階段に観望防止用の目隠しを設置しなかった。これがため、原告は生活をのぞき見されるのではないかという不快感を抱かせられた。

このように認められる。前記甲第五号証の一ないし一二の写真が昭和四六年一〇月一五日撮影されたものであることは弁論の全趣旨により明らかであり(≪証拠判断省略≫)このうち前記外階段を写した甲第五号証の六ないし八、一一によれば、右撮影年月日までの間は、外階段に目隠しが付せられていなかった。しかし、≪証拠省略≫によれば、「昭和四六年一〇月頃」、外階段の側面上半分に目隠しがつけられたという。従って、それは昭和四六年一〇月一五日より後のことであったとみるべきである。以上のほか前認定を左右するに足る証拠はない。

三  ところで、前記二3の騒音のうち瞬間的な爆音様の衝撃音はその音量が明らかでない。また、金属騒音についても、その音質そのものは一般に人に不快を感じさせるものであるにせよ、その音量が明らかでない(原告本人は三〇ないし四〇ホーンと供述するが、もとより正確な測定方法を用いて測定した結果ではなく、そのまま信用することができない。)。それ故、原告が右各騒音によって困惑、驚愕を感じたとしても、それがはたして社会生活上受忍すべき限度を越えていたかどうか判断できないので、その余の点について審究するまでもなく、右騒音を理由に被告らの損害賠償責任を肯認することはできない。

これに対し、前記二4は不法行為を構成するというべきである。そして、≪証拠省略≫によれば、原告が物置小屋の造り替えの費用として、すくなくとも金一〇八、三五〇円を支出したことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

前記二5について、本件倉庫の外階段に観望防止用の目隠しを設置すべきことは、民法第二三五条第一項に準ずるまでもなく、社会生活上、隣人として条理上当然負担すべき義務であると考えられる。ただ、右義務は本件倉庫の所有者である被告大協工業株式会社が負担すべきであり、被告大協建設株式会社は本件倉庫を使用しているというだけの理由で右義務を負担すべきではない。被告大協工業株式会社が、この義務を怠った以上、原告が蒙った不快感を慰藉する責に任ずべきである。

慰藉料の額は、先に認定した各事情を考慮し、金銭に見積もれば、金一六、〇〇〇円(昭和四五年七月から昭和四六年一〇月まで一ヶ月金一、〇〇〇円の割合による)を以て相当とする。これに対し、被告大協建設株式会社には右損害賠償責任はない。

四  原告のその余の主張は、以下に述べるようにいずれも理由がない。

1  請求原因2(二)(1)の飼犬が流産した点については、金槌の落下の事実は≪証拠省略≫によって認められるが、これと飼犬の流産との間の因果関係について、≪証拠省略≫もそれだけで適確な資料とし難く、他にこれを肯認しうる証拠はない。

2  請求原因3(一)の観望の点を除く生活侵害のうち(イ)の日照、通風の遮断の点は≪証拠省略≫によっても、その具体的態様が明らかでなく、(ロ)の雨水注瀉の点も頻度、態様が明らかでなく、(ニ)の煙、騒音、虫害についても同様であっていずれも社会生活上受忍すべき限度を越えていたことを証拠上肯認できない。

3  請求原因3(二)の住居移転に伴う損害については、本件全証拠によるも岩手県方面へ移転した事実は認められず、≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四八年二月肩書住所地に移転したことが認められるが、右住居移転が被告らの行為に基因し、真にやむを得ないものであったとも認められない。

4  請求原因4の事実のうち、本訴提起後本件居宅の玄関先でトラックのシートについた錆屑を払う者がいたこと、被告らの材木が原、被告土地の境界線附近に立てかけられたことは≪証拠省略≫によりこれを認めることができるが、錆屑の件が被告らの代表者あるいは被用者の行為であって材木立てかけとともに本件提起に対する報復的意図でなされたことを認めるに足る証拠はなく、その余の原告主張事実も証拠上認められない。

五  以上の事実によれば、原告の本訴請求は、被告両名に対し連帯して金一〇八、三五〇円、被告大協工業株式会社に対し金一六、〇〇〇円およびこれらに対する履行期の後である昭和四六年五月六日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項前段を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山厳)

〈以下省略〉

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